どうする金融政策[5]—インフレ目標は無意味

慶応大教授 榊原 英資氏

―日本のデフレの現状をどうみますか。

「構造的かつ世界規模のデフレだ。要因は二つある。一つは、情報通信をはじめあらゆる分野で非常に速いスピードで起きている技術革新。経済や社会を根本的に変える第3次産業革命とも呼べる大変化だ。もう一つはグロバリーゼーション。ここ10年間で中国や東欧、ロシア、インドなどの国々が市場経済に本格的に参入してきた」

「日本だけでなく中国、シンガポール、台湾などもデフレ基調だ。米国やドイツでもインフレ率が低下している」

―インフレは、マネーの供給量を増やせば物価が上がるという貨幣的現象ではないのですか。

「もはやマネーの定義が変わっている。日本銀行券だけでなく、クレジットカードなどマネー機能を持つ色々なものがちまたにあふれ、マネーと取引との安定的な関係が途切れている」

「日銀が貨幣をどんどん出せば、株や国債など供給の限られたストックの価格が上がるのは間違いない。いまは潤沢な流動性供給で余ったマネーが国債に流れこみ、国債価格が上昇している。だが本来、株価は企業収益を、国債価格は国の財政を反映するものだ。マネー供給で株価を無理に上昇させても、企業収益が伴わなければバブルが発生するだけだ」

―インフレ目標を掲げるべきだという政策論議をどう考えますか。

「いまは経済理論が時代に追いつかない。グローバリーゼーションの拡大によって、この数十年で経済に与えるストックの影響力が拡大した。多くのマクロ経済学者たちは、現実と理論が合わないから現実の方を変えようとしている。日銀が主張するように、金融緩和を重ねてもデフレに歯止めがかからないのは、日本経済の構造が大きく変わろうとしているからにほかならない。構造変化を無視したインフレ目標はナンセンスだ」

―外国にはインフレ目標の例があります。

「それは基本的にインフレを抑えるための政策で、デフレを克服するためではない。デフレ下でもインフレ目標策が一定の役割を果たしたニュージーランドなどは例外だ」

「どういうプロセスで製品やサービスの価格が上がるのかという道筋が、世間の論議では示されていない。それを示さなければ、目標の設定はかえってマイナスに働く。積極派の人々はインフレ期待が生まれるというが、道筋すら見えないのにどうして期待が生まれるのか理解に苦しむ」

―インフレ目標が導入されたら、どうなりますか。

「国債バブルが膨らんで長期金利がさらに下がるだけだろう。日銀が株をどんどん買っても、企業収益が伴わなければバブルをつくるだけ。土地を買うなんて現実には無理な話で、失敗は目に見えている。米国にはインフレ目標を支持する学者が多いが、彼らは日本経済の問題や現場をよく理解していない。日本経済はマクロ経済学者の実験場ではない」

―日本では導入論が強まっています。

「学会での論争としてはあってもいいと思うが、唯一の政策のような議論になる現状はややおかしい。日銀総裁人事との絡みで出てきた点も奇異な感じがする。もともと財務省は財政に圧力をかけさせないため、金融政策に責任を転嫁しようとする傾向がある。官邸や自民党も政策的に手詰まりになっているのだろう」

―どうすればデフレから脱却できますか。

「脱却できない。年1〜2%の緩やかな物価下落は受け入れなければならない。それは消費者にとってもいいことだ。ただ、デフレを不況につなげてはならず、そのためにはデフレ下でも企業が収益を上げられる体制を国がつくる必要がある。日本企業は90年代を通じて人件費や流通経費の高コスト体質が染みつき、収益の上がらない構造になった。それを打破するには規制緩和などが有効だ。たとえば東名高速の料金を無料にするなど、政府による積極的な環境づくりが大切だ」

(聞き手・日浦統)

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